天国と地獄
 

2022年4月5日更新

第195回 食の思い出 <奇妙なレストラン>

今回は、食にまつわる思い出の中でも、今までの人生の中で
「一番奇妙だったレストラン」についてお話ししたいと思います。

今から20年以上も前のことでしょうか。
北アフリカのチュニジアに行った時のことです。
以前のコラムでもお話ししましたが、私は今までに2度、チュニジアに行っています。
1度目は今から30~40年前、私がまだ毎日新聞社に在籍していたころです。
チュニジアの首都チュニスにかつてあった、
「カルタゴ」という古代国家の遺跡を見に行きました。

カルタゴは、かつてローマと覇権を争い、最後はローマに滅ぼされました。
そのカルタゴには、ハンニバルという名将がいました。
ハンニバルは、象を引き連れながら厳しいアルプスを越え、
スペインから南仏を通り、ローマに攻め込みました。
不意をつかれたローマは、陥落寸前まで追い込まれるのですが、
ぎりぎりのところで耐えて形勢を逆転させ、最終的にはカルタゴを滅ぼします。

ローマは、カルタゴの豊かな土地に塩を撒いて、
二度と作物が生えないようにしたと言われています。
ローマは、それほどまでにカルタゴに対して怨念を持ったのですね。
その当時の日米関係が、カルタゴとローマの関係を彷彿とさせると話題になり、
日本もカルタゴのごとくアメリカに滅ぼされるのではないか、
といった内容の本がベストセラーになりました。
その本を読んだ私は、危機意識からチュニジア(カルタゴの遺跡)に行こうと思ったのです。
当時はお金もなかったのに、なんとも私は不思議な人間ですね(苦笑)。

2度目は、新聞社から独立した後に第二海援隊の会員様数人と訪れました。
すると、同行者の会員様の一人が、和食しか食べられないと言い出したのです。
今でこそ世界中で日本食ブームですが、
その当時はまだそれほどどこにでも和食の店があるわけでもなく、希少でした。
ニューヨークやイスタンブールでしたらいざ知らず、
さすがにチュニジアにはありませんでした。
ガイドさんに聞くと、「チャイニーズ(中華料理)ならあります」と言うので、
早速その日の夕方にその中華料理の店に行きました。
そこはランタンなどで内装が飾りつけられており、雰囲気のよいお店でした。

ところが、メニューを見て絶句しました。とても高いのです。
現地の高級チュニジア料理の3倍くらいの値段です。1人前3~4万円くらいするのです。
チュニジア料理は、どんなに食べても1人8000円くらいでした。
こんなにいい値段なのですから、どんなに素晴らしい料理が出てくるかと
楽しみにしていると、出て来たのは“絶句もの”の料理でした。
今でもよく覚えていますが、見た目も味も、全く中華料理とは言えません。
中華料理風ならまだしも、私たちが知っている中華とはかけ離れたものでした。
何品か注文したのですが、どれも一口で食べるのを止めました。

納得できなかったのでシェフを呼び、詳しく話を聞くと、
オーナー兼シェフの男性は何とアメリカ人でした。
チュニジアが好きで、チュニジアに住んでいると言います。
そして「一度もちゃんとした中華料理を食べたことがない」と告白したときには、
思わず笑ってしまいました。料理本などを参考に、
「こんなもんだろう」という具合で作っていたらしいのです。
まぁ、無理もありません。
その当時チュニジアでは、ほとんどの人が中華料理を口にしたことがなかったのでしょうから。
人気のある中華料理をあくまで商売的な目的で、なんとか作っていたのでしょう。
結局、私たちは「これじゃあね……」ということで、
チュニジア料理を食べに行きました(苦笑)。

ところで、このような「なんちゃってレストラン」は、世界中にあります。
今でこそ本物の和食を口にしたことがある外国人も増えてきましたが、
今から十数年前などは韓国や中国などのアジア系が
「なんちゃって和食屋」を世界中で展開していましたね。
オーストラリアやアメリカ西海岸などで和食屋に入ったら、
アジア系がやっているひどい店だった、なんてことは今でもよく聞く話です。

話を戻しますが、私はチュニジア料理が大好きです。
トルコ料理も好きですが、決して負けてはいません。
クスクスに代表されるチュニジア料理は、いわゆる「地中海料理」の部類に属し、
野菜や豆、卵を多く使うので体にも良いと言われています。
JTBがおすすめしてくれたレストランも忘れられません。
気温50度の中、チュニスの街の迷路のような道を歩き、
その素敵なレストランに辿りつきました。
まさに隠れ家のようなレストランで、中は日陰で涼しく、
そこだけゆっくりと時間が進んでいるような、
まるで映画に出てくるようなレストランでしたね。

日本人が「アラブ」と聞くと、どうしてもイスラム原理主義など
怖いイメージが先行しがちですが、実際にアラビア文明に触れると印象が変わりますよ。
特にチュニジアやモロッコなどは、最もエキゾチックな場所です。
料理も美味しく、物価もそんなに高くないので、
コロナ禍が終わったらぜひ皆さんにも訪れていただきたいなと思います。

次に、ロシアの奇妙なレストランを紹介します。
2000年ころの話ですが、当時のロシアは国家破産の最終段階にあり、
国民の二極化(貧富の差)が最高潮に達していました。
貧乏な人が食べ物にありつけない反面、
オリガルヒ(新興財閥)やマフィア向けの高級レストランはにぎわっていました。

モスクワで行ったそのレストランは、今まで行った世界中のレストランの中で
内装が一番すごかったことで記憶に残っています。
有名なアーティストが作った内装で、派手なものでした。
そして、料理の値段も飛び切り高かったのです。
夜に取材があったため、夕方4時くらいに行ったのですが、
ちょっと飲んで食べただけなのに、1人5万円くらい取られました。
ロシアだから物価は安いだろうと高をくくっていたので、
支払いの時に思わず私は絶句してしまったことを記憶しています。

サンクトペテルブルグも訪れました。
ロシアの首都はモスクワですが、皇帝がいたのはほとんどサンクトペテルブルグでした。
ロシアの有名な女帝エカテリーナの宮殿にある「琥珀の間」は、
サンクトペテルブルグの郊外にあります。ロシアには2つの首都があったと言えます。
いいお土産がないかとサンクトペテルブルグの土産物屋を散策していたら、
素敵なコーヒーカップと出会いました。
それを買うことにしたのですが、一客5000円くらいかと思っていたら、
なんと8万円もしました。
モノが良かったのでそこまで安くはないと思っていましたが、
8万円もするとは……。
それは、今でも自宅で大事に使っています。

これらの例を見てもわかるように、
やはり破産した国では二分化が極端に進行して行くのですね。

世界各国でレストランでの思い出は数えきれないくらいある。
食は生きることに直結しているので、
レストランでの経験は大切な人生経験と言える。
ロシアで購入した素敵なコーヒーカップと共に
   (2022年3月 東京・世田谷区にて)