天国と地獄
 

2023年11月17日更新

第232回「成功の秘訣」――耐える力②

私は「人間力」という言葉が好きです。
人間が持つ総合力、これを磨いて行かなければ世の中では成功できませんし、
不遇のうちに死なざるを得ないでしょう。

前回の熟年離婚の話ですが、旦那が定年退職の時に
「私にも定年退職を下さい」と妻から言われてしまう、そんなドラマがありました。
妻から言わせれば、「ここまで耐えてきたけど、子供たちもようやく一人前になり、
もうこの先、あんたみたいな人間の面倒をみて死ぬのは嫌だ」ということです。
そして現実問題として「財産を半分もらう権利がある」と、
裁判になるケースも多いようです。
そうなると、旦那はもう孤独死まっしぐらですね。

人間というのは、相手がどんな人間なのかということは(本性は)、
半年くらいでは絶対に分からないですね。
5年、下手すると10年、そして何かトラブルが起きた時に、
本当の意味でその人の人間性が分かります。
悪いことが起きた時に豹変する人や逃げてしまう人、
そういう時にこそ一緒にお互い頑張ろうとなる人と、そうではない人がいます。

私は大した人間ではないですし、わがままな部分もあります。たまにキレる時もあります。
しかし、ひとつ誇れるとしたら、“ここぞ”というところで結構忍耐力があることです。
一番大事な時、ここは耐えないといけないという時は、1年でも2年でも耐えます。
普通は、それに耐えられなくなって鬱病になったり、体調を崩してしまったりします。
また、適応力もあります。外国だろうがどこだろうが、
半年もすればそこの人間と上手く付き合えます。
“郷に入れば郷に従え”とは本当にそのとおりで、適応力は重要です。

私は子供の頃、家が貧しくお金がありませんでした。
小学校1年生の時、父親と母親と日本橋の三越デパートに行った時のことです。
最上階にあるレストランに入り、父親が「今日は何でも好きなものを食べていいよ」
と言ってくれたのに、私は自分の家は貧乏だと思い「何もいらない。お腹、すいてない」
と言ったことを覚えています。小学校1年の子供が家のこと、親の財布のことを考えていたのです。
そういう子供でした。特に今は、そんな子供は珍しいと思います。
逆に、泣きわめいてあれが食べたい、これが食べたいという子供が多いのではないでしょうか。

私は昭和29年生まれで、その頃は戦後のまだ貧しく、モノがない時代でした。
みなさんは傷痍軍人という言葉をご存知でしょうか?
私が子供の頃には、電車に乗っていると、
太平洋戦争で片足や両足を失った人たちが兵隊の恰好をし、
松葉杖をついて包帯を巻き、手には空き缶を持っています。
だいたい二人組で一人は軍歌をアコーディオンで弾き、一人は空き缶を持って回ります。
特に、自分の息子が太平洋戦争で死んでしまったおばあちゃんなどは、
泣きながらお金を入れます。そういうのを見てきた世代です。
そんな時代でしたから、私が小学校2年生くらいの時に近所のおじさんが
当時としてはまだめずらしかった車を買ったので、それに乗せてもらい初めて車に乗りました。
私はその頃、車を買うことなんて一生できないと思っていました。

今では、日本はこんなに豊かになりました。
ただ、豊かにはなりましたが、何かに“耐える力”というのがなくなっている気がします。
たとえば、今ウクライナは戦争でロシアに侵略されていますが、
ウクライナ人のすごいところは、海外に出ていた優秀なウクライナ人の若者が
国へ戻ってきて志願兵として義勇軍で戦場に行っていることです。

戦場なんて最悪です。
太平洋戦争において日本軍は、実は戦死した人よりも病死や餓死した人の数の方が
断然多いのです。劣悪な環境で、ひどい戦闘になれば3日くらい寝られません。
お互いの陣地がすぐ目の前にあり、砲弾で打ち合い、機関銃で打ち合い、
相手がいつ攻めてくるかも分からない状況です。
そんな中では、もう“耐える力”どころの話ではありません。
それでも、ウクライナ人の若者たちは自ら志願して戦場に向かい、戦っているのです。

ロシア兵には、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になる人が多いそうです。
これは、ウクライナの兵士には自分の国を守るという正義のために戦っているという
信念がありますが、ロシア兵はそうではなく、「何で、こんな戦争をやらなければならないのか!」
という声が聞かれます。兵隊といっても人間ですから、特に徴兵で無理矢理かき集められ、
訓練もそこそこにすぐ戦地に行かされた兵隊は、たまったものではありません。
その上、なぜ同じような顔をした人たちを殺さないといけないのか、と疑問を持って当然でしょう。
ロシアとウクライナは、ほとんど同じ民族(同胞)なのですから。

そういう人たちと比べると、日本で普通に生活している私たちは、
いろいろ嫌なことや悪いことも起きますが、別にどうということはないのです。
人生について、このように表現した哲学者がいます。
「人生において、自分の思いのままになることなどほとんどない。
いや、ほとんどが自分の思い通りにならない。それが、人生なのだ」と。
現代の日本では、皆さんは自由に人生を選択し
何でも自分の思い通りにできると思っていますが、実際にはそんなことはないのです。

前回から人間関係の話をしていますが、特に重要なのは自分の身近な人々です。
自分の奥さんや秘書、親友、あるいは同僚のなかでも一番信頼できる人、
何でも打ち明けられる人など、本当に信用できる人を横に置かないと大変なことになります。
その点、私は良い部下がいて、良い側近がいて、幸せだと思っています。

実は、私にもすごく苦い思い出があります。
以前、今の株式会社第二海援隊の前に個人事務所を持っていたのですが、
その時、社員にお金を勝手に使われたり、陥れられたり、酷い目にあいました。
「この人は信頼できる」と思っていた人たちにやられたのです。
人間は能力も必要ですが、やはりそれ以前に人間性が重要なのです。
そして、人間性の悪い人をどう見抜くかということも大切ですが、
自分の目の届く範囲の人々で、組織を少数精鋭にすることも必要だと思っています。

成功とは、お金をたくさん稼ぐという意味ではなくて、幸せな人生をおくること、
そして困っている人たちのために少しでも何かをすることです。
私は、60歳を過ぎてから「一般社団法人 世界の子供たちのために」
通称「Che Fu Ko」(チェフコ)というボランティア団体を立ち上げました。
現在では、ポーランドやウクライナでも活動しており、
何度もウクライナの戦場近くまで数名が行って温熱施術で心と身体のケアをしたり、
援助物資を直接渡したりしてきました。
現地の人たちからは、本当に泣いて喜ばれました。私はその団体の顧問をやっています。

ウクライナで戦争が起こってすぐのことです。
その団体で「ポーランドにボランティアに行こう」と提案すると、
スタッフたちは皆、恐れてしまい誰も手を挙げません。
そこで私は、「分かった。俺が行く。俺と息子(次男)と二人で行くから」と言うと、
今度はスタッフ達が驚愕して、「自分たちが行きます!」と言ってくれました。
人を説得する時に「やれ、行け」だけではなくて、「分かった、私が自分で行くから大丈夫だよ」
と言える、最後には“腹を括る覚悟”が人間関係では大事なのです。

 

信頼できる人々と心穏やかに日々暮らせることが、何よりの幸せである。
そして、困っている人には手を差し伸べなければならない。
誰にでも、裏切りにあったり危機的な状況に身を置く羽目になることもあるが、
そういう時ほど腹を括り、人間力を鍛える時だと思って鍛錬して行きたいものである。
                      (2023年8月 日光・中禅寺湖にて)