天国と地獄
 

2022年1月25日更新

第190回 食の思い出<駅弁>

今回の「食の思い出」は駅弁です。
私の年代は、現在のJRのことを「国鉄」と呼んでいました。
そして、私の父親が国鉄に長く勤めていたので、国鉄には馴染みがありました。
私が小学校2年の時、新潟に親戚がいたので、
上野駅から上越線で蒸気機関車に引っ張られた客車で行った覚えがあります。
今の若い人には、あまり駅売りの駅弁というのはピンとこないかもしれませんが、
昔はよく途中の停車駅で駅弁を買い、食べたことをとてもよく覚えています。

当時、駅弁というと一番有名だったのが横川駅の「峠の釜めし」です
(高見沢みねじ社長をモデルにしたテレビドラマ「釜めし夫婦」の放映により
知名度が全国区となった駅弁です)。

高崎から軽井沢に上がる時に碓氷峠を越えます。
新幹線の開通を機に在来線(信越本線)は廃止となり、
今は新幹線と路線バスが運行しています。
昔は横川~軽井沢間は峠越えの難所で、新幹線と違い力がないので、
それまでたとえば蒸気機関車か電気機関車1両で引っ張ってきたところを、
2両連結してかなりの急勾配を登って行くのです。

その連結や切り離しをするのに時間がかかり、列車が横川駅に長く停車したので、
他の駅よりも駅弁を販売するには十分な時間がありました。
そこで、陶器の釜に入った温かい釜めし「峠の釜めし」を販売していたのです。
新幹線が開業した時には車内で売っていたのですが、今は売っていないのではないでしょうか。
子供の頃、残ったお釜を捨てないで、家でいろいろなことに使ったのを覚えています。
味も、大変良かったのを覚えています。

他にも有名なお弁当としては、高崎の「だるま弁当」、
横浜・崎陽軒の「シウマイ弁当」などがあります。
たまに「シウマイ弁当」を新幹線で食べている人がいますが、
あれは食べている本人はおいしくてよいのですが、周りにとっては臭いがすごいですね。
「 迷惑弁当」と言ったら失礼ですが、大変なお弁当です。

数年前に北海道に行った時、とても美味しい駅弁に出会いました。
名もないお弁当でしたが、とても美味しかったのです。
新千歳空港の少し先の南千歳駅から乗車することがあり、
「こんな小さな駅では、ろくな駅弁、売ってないだろうな」と思いながら、
ホームでおじいさんが売っていた、単に炊いたカニを乗せただけの弁当を買ったのです。
それが死ぬほど美味しくて、
「北海道はやっぱりすごいな! カニだけのお弁当でこんなに美味しいんだ!」
と感動したことを鮮明に覚えています。

さらに北海道といえば、いかの中に米を入れて炊き上げた「いかめし」が有名ですよね。
駅弁としては、長万部から函館へ行く函館本線途中の森駅にある、
いかめし阿部商店の「いかめし」が有名です。

私が子供の頃は、駅弁だけではなく、アミに入った「冷凍みかん」も一緒に売っていました。
凍っているので、夏はそれを溶かしながら食べます。
そして、お茶は蓋が付いたプラスチック製の容器(「ポリ茶瓶」と言うそうです)に
あたたかい緑茶が入っていて、蓋をコップとして使うのです。
今ではなくなってしまい、本当に寂しい限りです。

東海道新幹線のこだまは、今では車内販売はもちろん自動販売機さえありません。
5~6年前のことです、私はこだまに車内販売がないことを知っていましたので、
東京駅でお弁当や飲み物、柿ピーまで買って乗り込みました。
そこに、インド人の家族が私と同じ車両に乗って来ました。
列車が動き始めてから、私たちがお弁当を食べているのを見て、
「お弁当を買わなきゃ!」と思ったのでしょう。
社内販売が来ないので、全車両を捜し歩いたようですが、当然ですが売っていません。
すると、今度は私のところに子供も含めて近寄って来て、
私の食べているお弁当をジーっと見つめるのです。あれは可哀そうでしたね。

名古屋まで行く人はのぞみに乗りますが、
浜松や三河安城のような名古屋の一つ手前の駅ですと、
ひかりも停まらないのでこだまに乗らざるをえません。
そして、2時間半くらいかかるのですが、水さえ売っていませんので、
その間飲まず食わずになってしまいます。
ですから、知らずに乗ったらえらい目に遭うのです。
最近、北海道でも特急列車では何も売っていません。
昔は車内販売があったのですが、やはり採算が合わないのでしょうね。

昔、東海道新幹線には食堂車がありました。
さほど美味しくはないのですが、
それでも窓が普通車の2倍くらいあって大きく、2階建てでしたから、
そこでカレーを食べたりすると、贅沢な雰囲気を味わえたのです。
普通車に乗っていても、食堂車に乗ってしまえば
グリーン車に乗っているような雰囲気を味わえたわけです。
昔、列車はとても風情があるものでした。

海外には、基本的に日本のようなお弁当や駅弁というものはありません。
私が20歳の頃、イタリアのどこかの駅で「ランチボックス」というものを見つけたのですが、
それも本当に少ししか売っていませんでした。
昔は、「TGV」というフランスの新幹線に小さなバーのようなところがあり、
そこでコーヒーなどが飲めたのですが、それも最近はなくなってしまったのではないでしょうか。
せいぜい車内でサンドイッチを売っているくらいで、
日本のようにあれだけの数のお弁当があるというのは、世界中どこに行ってもありません。
やはり、日本は食の国だと思います。
「和食」はユネスコ無形文化遺産になりましたが、
私は日本のお弁当というのは世界的な文化だと思います。

そういえば、その昔バブルの絶頂期のJALのワシントンDC線のファーストクラスには、
なんと寿司職人が乗っていて、乗客の前で大きなまな板を置き、寿司を握っていたみたいです。
週刊誌に写真が載っていたのを覚えています。

以前、第159回のコラムでもお話ししましたが、
私が初めて一人旅をした高校2年の時に「桜島・高千穂号」という、
客車を電気機関車で引っ張って行く長距離列車で鹿児島まで行きました。
昔の映画に出てくるような4人1組のボックス席で、乗り合わせた4人は1時間も経つと、
もう家族のようになってしまうのです。
鹿児島までは25時間くらいかけて行くので、そこで座ったまま寝ざるをえません。
4人席の私の向かいの席には鹿児島まで帰るおばあちゃんと孫が座っていて、
横の人は忘れてしまいましたが持ってきたものを出し合って、
「これ、食いな」と分け与えてくれました。
残念ながら私は何も持っていませんでしたが、
おばあちゃんが「これ食いな、あれ食いな」といろいろくれて、
皆で回して食べたことが嬉しかったですね。

それが今では、新幹線の横の席の人に「一緒にお弁当食べませんか?」
なんて声を掛けようものなら、もう変人扱いです。
このようなことを言ったらJRは怒るかもしれませんが、
現代を象徴する一番嫌な乗り物は新幹線だなと思うほどです。
ただ速いだけで、昔あった旅情というか風情が全くなくなりました。
寂しい時代になったなと思います。
それでも駅弁だけは、かろうじて古き良き、昔の時代の風情を残しているのです。

やはり列車や飛行機で移動するというのは、食べ物が唯一の楽しみなので、
美味しい駅弁などがあるといいですね。
駅弁バンザイ!!

今では乗り物に乗る時は、自分の水筒に健康茶を用意して持ち歩いている。
いつでも飲みなれた温かいお茶が飲めるので、旅のお供には欠かせない。
   (2022年1月 飛行機内にて)