天国と地獄
 

2021年12月15日更新

第186回  食の思い出<ニューヨークのデル・ポスト>

前回から食の思い出についてお話ししていますが、
今回は今まで私がいろいろなところに行って食べた中で、
覚えている限りで一番美味しかったレストランと
一番まずかったレストランのお話をしたいと思います。

今までで一番美味しかったのは、
5~6年ほど前にニューヨークに行った時に見つけた、
「デル・ポスト」というイタリア料理店です。
どんなに高級な、あるいは美味しいと評判の店に行っても、
だいたいメニューのうちのひとつかふたつは期待外れというか、
まずいとは言わないまでも「まぁまぁかな」ということが多いものですが、
このレストランは前菜から始まって最後のデザートまで全て100点!
パーフェクトだったのです!!

最初に出てきたパンからもうすでにあまりにも美味しくて、
絶句してしまいました。
おそらく、パリの街角などで売っているようなバゲットに近い固いパンに、
バターやニンニクと香り高いシーズニングか何かを浸み込ませて、
それを焼いて熱くしたパンなのです。
正直、それだけを食べにもう一回ニューヨークに行きたい、と思ったくらいです。
メインの肉料理も、海外でよく出てくるようなありきたりなステーキや
大雑把な味付けで肉自体もたいして美味しくないというものではなく、
「どうやって料理したのだろう!?」と理解できないくらい、実に美味しいものでした。

ただ、肉だけで言うならば、
このイタリア料理店に劣らない、とても印象的な店がひとつありました。
今から3年くらい前でしょうか、国家破産状態のベネズエラの取材
(ベネズエラ自体は危険すぎて入国できなかったのですが)で、
アルゼンチンとキューバに行った時のことです。
せっかくアルゼンチンまで来たのだからと、南極一番に近い“パタゴニア”という、
アルゼンチンではあるのですが、とんでもない僻地を訪れることにしたのです。

首都ブエノスアイレスから、飛行機で3時間半くらいかかるところでした。
日本で言えば、羽田から1時間15分くらいで札幌、2時間半で那覇まで行けますので、
羽田から3時間半といったら樺太の北部かカムチャツカ半島ぐらい、
あるいは台湾から香港ぐらいまでと、いずれも外国旅行になってしまいますが、
アルゼンチンは3時間半飛んでも自国の領土、陸地なのです。
そのスケール感にもびっくりしましたが、
現地に降り立ってみてさらにビックリしました。
本当に何もない、ただの大平原というか荒野なのです。

人口は1000~2000人くらいでしょうか。
名前は忘れてしまいましたが、何もない荒涼たる町に宿を取りました。
周辺の自然観光の拠点のようなところで、1番良いホテルは満室で予約が取れず、
仕方なく2番目に良いホテルに泊まることになったのです。
レストランも入っているホテルですが、
なにしろかろうじて寒さを防ぐ程度といった感じで、大したホテルではありません。
当然、そのレストランも「それなり」だろうと想像し、全く興味を持っていませんでした。
とにかく外は寒いし、わざわざどこかに行くのは嫌だということで、
仕方なくそのホテル内のレストランを予約したのです。

すると、予約担当から「1日じっくり時間をかけて焼いた子羊(ラム肉)がありますが、
どうなさいますか? その代わり8時以降でないと食べられませんよ」
という答えが返ってきたのです。ちょっと興味をそそられた私は、
モノは試しということでその時間に合わせて食事に行くことにしました。

同行した取材スタッフも含め4人で行ったのですが、
私の当初の予想は良い意味で完璧なまでに裏切られました。
私は、実はラム肉は脂っこくてそんなに好きではないのです。
そのため、普段ならただ焼いただけのようなものなら残すのですが、この時ばかりは逆でした。
もう、あまりにも美味しくて、残すどころかもっと食べたくなり、
皆で途中まで食べ進めたところで、
「君たち、もういいから! そんなにお腹空いていないだろう? お腹いっぱいだろう?」
そう言って、盛り合わせ皿にあった残りの肉を私が全部食べてしまったのです!

それほどの料理に出会うことはめったにありませんので、
肉料理と言えばそのホテルのレストランもトップに位置していますね。
その次の日も、肉料理で有名な店だとガイドが勧めてくれた店に行ったのですが、
正直なところ、もうそのホテルのレストランのおいしさが鮮烈すぎて、
ガイドお勧めの店はすっかり記憶がかすんでしまうほどでした。

逆に、人生最悪の食事は新聞社時代の33歳くらいの時でしたでしょうか、
群馬県の榛名湖に冬のインターハイ(全国高校総合体育大会)で
アイススケートの取材に行った時でした。
JR上越線の渋川駅に迫さん(おそらく鹿児島にゆかりがある人でしょう)
という先輩と二人でちょうど昼時に降り立つと、店を探すのも面倒だったので、
駅前に昔からあるような、定食屋みたいな店に入ったのです。

私は親子丼を頼みました。
古めかしい店構えから長年営業しているでしょうし、親子丼などは定食屋の定番ですから
それなりのものが出てくると思い込んでいました。
果たして親子丼が提供されると、私は何の疑いもなく食べ始めたわけですが、
これがまあ、とんでもなくまずかったのです!
その衝撃たるや、「こんなまずいもの、どうやって作っているんだろう?」と
理解が追いつかないほどで、30年以上経った今でも鮮明に思い出せる強烈なものでした。

当時の私は食欲も旺盛、そして何を食べても美味しいと感じる時期でしたし、
しかも今とは違ってたいした贅沢もしていませんでしたので、
普通の物なら十分に美味しいと思っていたはずなのですが、その私ですら絶句したのです。
普段料理をしない私でも、もう少しまともな物が作れるのではないでしょうか。

普通の人なら店主に激怒するか、即店を出るぐらいのことはするかもしれません。
今にして改めて考えても、それはもう、よほどひどいものだったのだと思います。
そしてさらに、値段も「デル・ポスト」には遠く及ばないものの、
土地柄などを考えれば(群馬県の人ごめんなさい!)相当いい値段を取られました。
これもある意味、人生で忘れられないくらいの鮮烈な思い出となりました。

次回(年末年始号を挟むので年明けとなりますが)は、最も奇妙なレストランの話をしましょう。

世界中食べ歩いた中で、ポーランド料理もとても日本人の口に合う、
おいしい料理だった。ショパンにちなんだケーキとともに。
     (2017年 ポーランド・ワルシャワにて)