天国と地獄
 

2019年9月13日更新

第105回 その後のアメリカ取材<その2>

 

前回から続いてアメリカの戦略空軍の話です。
「エルズワース空軍基地」には、まず広大な普通の基地があり、
その中にまたさらに特殊な極秘基地があります。
一般の兵士は入れず、外側も高いフェンスで囲われていまして、
その上にはものすごい鉄条網が敷かれています。
その特殊な鉄条網はNORADでも見かけましたが、
日本ではあんなすさまじい鉄条網を見たことありません。
もう、触っただけで手が切れてしまいそうなほど鋭利にできているのです。
さらにグリーンベレーのような特殊部隊が自動小銃を持ち、
シェパードを連れて屈強な体躯に恐ろしく光る眼つきであちこち警備しています。

取材許可は下りていたのですが、
私が広報と一緒に空飛ぶ核戦争司令部のタラップを上がって行くと、
ちょうど12時間の上空待機勤務を終えて外に出ようとした2人のパイロットと鉢合わせとなり、
広報と大喧嘩になってしまいました。
私は知らんぷりをしていたのですが、
広報は「ペンタゴンから正式な取材許可が出ている」と説得しても、
パイロットは「冗談じゃない!関係者以外、アメリカのマスコミにさえも誰にも見せたことがない。
中には最高機密の絶対に見られたくない装置があるし、
ましてやカメラを持って写真を撮るなんて問題外だ!」と言うのです。
30分くらいはもめていました。

その間、目の前の滑走路を見ていると、
B-52(戦略爆撃機)で核兵器の積み下ろしが行なわれていました。
遠くの方なのではっきりとは見えませんでしたが、
実物の核兵器に恐れおののいたことを覚えています。
しかも戦闘機もバンバン飛んでいます。
私はその時、初めて戦闘機のあのような姿を見ました。
離陸した次の瞬間、垂直に上がっていって雲の中に突き抜けていくのです。
こんな光景は見たことがありません。

押し問答の末、最終的に取材させてくれることになりましたが、
彼らも一緒に付いてくることになりました。
変なものを撮影されては困ると思ったのでしょう。
なにしろ、本物の核ミサイルの発射装置などもありますから。
もちろん、安全確保のためにその装置は1人では発射できないようになっていました。
最大でICBM(大陸間弾道ミサイル)を200基発射できると言っていました。
ソ連の主要な基地や都市などは全て壊滅できるそうです。
この飛行機だけでソ連を壊滅できるわけで、
「これが最後の抑止力になり、この飛行機があるからソ連は先制攻撃できない」
という言い方を彼らはしていました。
12時間交代で一機が常に米中西部上空を飛んでいるとのことでした。
2機体制で、一機が飛んでいる時残りの一機は地上で待機していて、
12時間後にそれが交代するというものです。
結果的に、アメリカ中西部上空1万メーターくらいのところに
確たる抑止力が24時間ずっと存在しているわけです。
場所を特定されないように、乱数表に従ってぐちゃぐちゃに飛ぶそうです。

通常、こうした最高機密の写真を撮ることはできません(もちろん、中に入る事さえ不可能です)。
ただ、徐々に打ち解けてきたこともあり、さほど重要でないものは撮ってよいと言ってくれました。
とりわけ、通信室は印象に残りました。
真っ暗な中に無数の通信機材があり、それらの放つ光が不気味に浮かび上がっているのです。
しかし、核ミサイルの発射装置だけはなかなか撮らせてはもらえませんでした。
ところが、私は信じられない方法で撮影に成功してしまいました。
もちろん、隠し撮りでありません。相手からきちんと許可をもらい撮りました。
その方法が笑ってしまうのですが、私はこう言ったのです――
「もし、この写真が日本で掲載されたら新聞だけではなく雑誌にも載る訳で、
そうしたら日本の若い綺麗な女性から、たぶん20通はファンレターが来ると思いますよ」と。


 

「ミサイル発射装置」に手をかける要員。
左にももう一セットあり、
二人の要員が同じ手順を踏んで
同時に“キー”を回すと
200基の核ミサイルがソ連本土に向けて
発射される仕組みとなっている。
ファンレターは編集部には
届いていなかったようだが、
快く協力してくれたところがアメリカ軍らしい。

これ、嘘のような話ですが、本当の話です。
すると彼らは30秒ほど考えて「OK」と。
「そのかわり格好よく撮れよ」と言ってきたのです。
そして本当の鍵は見せてくれませんでしたが、
発射装置にキーを挿すポーズでの写真を撮影することに成功しました。
結果的に本当に発射装置が撮れたのです。
また、コックピットのところに何か秘密の特殊な装置があったのですが、
その撮影も許可してくれました。
彼らは「ほんとに(ファンレターが)来るな?」と聞いてきましたが、
「20人は無理かもしれないけど、10通は来ると思いますよ」と言うと、気を良くしていました。
こうしたやり取りを本当に信じたのか、
単に面白いやつだから撮らせてやろうと思ったのかは定かではありませんが、
結果的に取材は大成功でした。
いずれにせよ、アメリカ人というのは面白い連中です。

次の日は、まさに荒野という荒野をジープのようなゴツイ車で移動し、
「ミサイル発射センター」に向かいました。
映画でよくアメリカの大荒野を見かけますが、実際に見るととんでもないもので、
木も生えていないだだっ広い荒れ地が延々と広がっています。
アップダウンも激しく、かなりスリリングな道中でした。
「ミサイル発射センター」というのは、
正確にはLCC(Launch Control Center:発射管制センター)というもので、地下にあります。
2名1組の発射要員が24時間交代制で詰めています。
地上の施設は鉄条網のフェンスで囲まれていて、
武装警備兵が24時間うろうろしているのです。

発射要員は地下に行く前に厳格な心理テストを受けるそうです。
薬物をやっていないことはもちろん、
奥さんと喧嘩をしていないとかということまで調べるそうです。
核ミサイルですから、何かしらの間違いがあってはなりません。
プライベートに問題がある人に任せるわけにいかないのです。
何かの拍子にカッとなって、発射されても困りますからね(笑)。
「ソ連も道づれだ!」みたいな(笑)。

テストをパスすると、エレベーターで20メートルほど下ります。
そして耐爆ドアの向こうに「ミサイル発射センター」があります。
実際に発射するときには、「これは演習ではない」「本番だ」という放送がまず流れ、
その後に発射コードが流れてきます。
この際、A,B,Cなどの単字のアルファベットは用いず、
「アルファー」「ブラボー」などと言うのです。
「アルファー」は「A」、「ブラボー」は「B」です。
単字ですとDとBを間違えたりします。
「タンゴ」は「T」、「ロメオ」は「R」、あと「エックスロット」で「E」など。
数字は「セブン」「エイト」とそのままです。
その組み合わせで12桁位のものが発射コードとなります。
その他にも多くの手順があるのですが、それらを着実にこなせば、
2分もあれば核ミサイルを発射できます。
その時、人類の運命も終わるのです。
その時は本物の「ミサイル発射センター」には入れてくれなかったのですが、
訓練センターで手順を全て教えてもらいました。
手順まで教えてくれるとは本当に驚きです。


 

「核攻撃命令」が伝達されると、
右上にある「レッドボックス」から
二個のキーを取りだして
制御卓に突っ込み、
いくつかの手順を踏んだ後、
同時にキーを回すと
ミサイルがソ連本土へと
発射される仕組みになっている。

こうして一連の取材が終わり、
ここまでの取材を全てまとめて前回ご紹介した『破滅へのウォー・ゲーム』を発刊することになったのです。

若い頃、アメリカ軍の特殊な取材を重ねたことが、
今の私の取材力の礎となっている。
64歳になった今でも、
いつでも取材に飛び出せるよう 、
健康管理と準備は常に怠らない。

    (2019年8月 長野県にて)