“現場主義”の私は、国家破産したベネズエラの状況を取材しようと
去年の9月から取材の準備を進めてきました。
取材のために首都カラカスの精密な地図を買ったところ、驚いたのは地下鉄のインフラです。
日本でいうメトロの“M”というマークが、地図にたくさんあるのです。
路線もたくさんあります。中南米で地下鉄がこう何本も走っている街は、ほとんどないと思います。
それほど、豊かな国であったということですね。
それが悪政によって国家破産してしまい、
今や国民の90%が飢え死に寸前という大変な情勢になってしまっているのです。
1960年代~80年代にかけて、世界一の原油埋蔵量を背景に南米一豊かな国だったベネズエラ。
当時は政治も二大政党制民主主義で安定していました。
しかし、原油依存の経済は原油価格の下落によりもろくも破綻。
政治的にも、クーデターを起こした軍人あがりの
チャベス(クーデター自体は失敗に終わりましたが)が1999年に選挙で勝利して
大統領となってからは、大統領への権力集中と議会政治の弱体化、
政治の軍人化が進められました。
その後、政権は現大統領のマドゥロに引き継がれ、
経済の混乱には一層拍車がかかりました。
そして最近は、年率1000万%というとんでもないハイパーインフレに見舞われているのです。
現在の大統領マドゥロは、元バスの運転手です。
彼は労働組合やキューバといった左翼人脈を生かして資金や人員を集め、
軍出身のチャベスを軍外から補佐する腹心として頭角を現した人物です。
マドゥロ政権は、2015年の選挙以降、野党が3分の2を占める国会の決議をことごとく無視し、
2017年8月には新たに「制憲議会」なるものを発足させて国会の権限を剥奪。
独裁体制を強化してきました。
そのマドゥロが今年1月10日に大統領就任式をして二期目を始めたのですが、
国会はマドゥロ大統領の正当性を認めず、
新たに国会議長に就任したフアン・グアイド氏が1月11日、政権移行に向けて
一時的に暫定大統領に就任する用意があると宣言しました。
昨年5月の大統領選では、有力野党候補者は排除されていたのです。
アメリカも、ついに現在のマドゥロ大統領を否定してグアイド暫定大統領を承認し、
マドゥロ政権への経済制裁や人道支援を通じて外交圧力を強めています。
これまでマドゥロを支援してきたロシア・中国がもし態度を変えれば、マドゥロ大統領は「詰み」です。
国際的な情報筋の中には、マドゥロが亡命をするかもしれないということまで噂されています。
ただ非常に問題なのは、軍がマドゥロを支持していることです。
なぜかというと、これでもしマドゥロ政権が崩壊した場合、
軍は今までマドゥロの言うことを聞いて人民を弾圧し
相当な人を殺してきたりしている責任を問われることになるので、
軍は最後まで抵抗するのではないかと言われているのです。
という訳で、アメリカが軍事介入するかもしれないという観測も出ています。
一部報道によるとコロンビアにすでに米軍の特殊部隊が入ったという話もあります。
今後どうなるかは誰にもわかりませんが、大変な混乱が続くのは間違いないでしょう。
安定した政治と落ち着いた経済を願わずにはいられません。
さて、先程申し上げたように、私は1000万%のハイパーインフレで食べるものもほとんどない
このベネズエラに、何としても入国して取材しようと準備を進めてきたのですが、
結局、去年の11月に“あまりにも危険すぎる”という事で断念し、
その代わり南米の近隣国に渡り様々な手段で情報を入手して、
いよいよ4月に『国家破産ベネズエラ突撃取材――1000万%のハイパーインフレ』
という本を出す運びとなりました。
この本は、皆さんにぜひ読んでいただきたい本です。
今までの経済本とは全く違います。
私は、出来るだけ生の様子や声を拾うため、
ベネズエラの近隣国・友好国であるアルゼンチンとキューバに渡り、
逃げてきたベネズエラ人から取材しました。
そして、いまだ国家破産状態から完全には抜け切れていないアルゼンチンの様子も取材しました。
そして、私がお願いした現地の特派員やジャーナリストに様々な写真を撮ってきてもらいました。
その写真がこの本には満載されています。
すさまじい現状が視覚で伝わってきます。
そして何よりこの本には、ベネズエラを愛し平和と安定を願う心からの声がつづられています。
ベネズエラに38年住んでいたけれども、結局いたたまれずに日本に帰国した、
小谷孝子さんという70歳近い女性の手記です。
以下にその一部をご紹介します。
■小谷孝子氏手記(1)
「冷蔵庫が空っぽだ。スーパーへ行くとものすごい行列。
中に入っても棚はガラガラ、欲しいものは何もない。
慌てて他のスーパーへ飛んで行っても同じか、もっとひどい。
洗濯をしようとすると水が出ない。
洗濯石鹸が手に入らないと、固形石鹸を削って使う。
水があっても、停電だと冷水でシャワーを浴びることになる。
何か作ろうと思っても、消費期限のとっくに切れたパスタが半分しかないし、
おまけにプロパンが切れている。
ガス会社に毎日のように電話しても、何ヵ月も持ってこない。
道でプロパンを積んだトラックを見かけるたびに追いかけるが、カラだと言う。
おまけに法外な金を出さなければ、回してもらえない。
しかたなく、腹をすかしたまま寝てしまう――。
そんな生活を想像できるだろうか。
今、ベネズエラ人は、毎日そうやって生きている。
2014年頃から食料や洗剤やシャンプー、トイレットぺーパーなどが姿を消し始めた。
何かおかしいと気が付いて、必要でなくても購入する癖がついた。
でも、食料品はあまり買い置きができないので、どうしても並ばなければならない。」
■小谷孝子氏手記(2)
「じわじわと真綿で首を絞められていくような日々。
上から爆弾は降ってこない。
だから、ベネズエラで起きていることは戦争ではない。
反政府デモに参加せず、公に政府を批判しなければ、
口を塞いで頭を垂れてさえいれば、目をつけられない。
強盗や泥棒や、流れ弾に当たって殺されることはあるが、
それでもその可能性は少ない。
今、世界のどこにいても、いつ殺されるかわからない時代だ。
しかし、生きるための最低条件の食物、飲料水、薬がない、
まして頻繁に停電、断水するということは、石器時代に戻れということか。
インフラやメンテナンスが整ってなく、電気や水、ガス、ガソリン不足、
インターネットが世界一のろく、ほとんど繋がらない日が多いのは、
国民の目を政治から反らすためだ。
この、ナルコ(麻薬密輸)マフィア政府の意図は、わかっている、
悪知恵だけは実に長けている、悪魔の集団に乗っ取られた国。
皆、頭でわかってはいても、毎日の生活に押しつぶされ生き延びることに必死で、
目の前のことに心を奪われ、
何のために闘っているか根本に潜んでいる深い理由をいつのまにか忘れてしまう。
厳しい寒さに鍛え抜かれた北欧や、
長い虐げられた歴史をDNAに刷り込まれた東洋人のしたたかさや粘り強さは持たず、
まあいいかとつい人を許してしまう、
寛容なまたはいい加減なラテン人の気質なのかもしれない。
いつの世も強者だけが(権力、金を持つ者が)、生き残れる過酷な人類の歴史だが、
この時代に巡り生まれた赤ん坊や、子供たちに何の罪があろう。
人の親としてわが子に最低限のミルクや食事、
薬さえ与えられないほど情けないことがあるだろうか。
紙おしめどころか、お尻を洗う水さえほとんど出ないのだ。」
上記の小谷さんの手記にありますように、スーパーにはほとんど物はなく、
人々はゴミを漁っているのです。
そしてその一方で、100人足らずの政権の支持者と不正をしている連中が
とんでもない蓄財をしているのです。
それに対して90%以上の人は怒り狂って抗議のデモなどをしているのですが、
政権は一切聞く耳を持たないひどい状況です。
本に掲載した写真もご覧ください。 |