天国と地獄
 

2019年2月15日更新

第84回 破綻したベネズエラ経済と日本の財政

 

アルゼンチンには、約9万人のベネズエラ人がいると聞いています。
アルゼンチンのホテルで朝食をとっていたところ、
他の従業員とは違ってとてもよく働く、笑顔の素敵な感じの良い若者がいました。
声をかけてみると、偶然にも「ベネズエラから来た」というのでその日の午後、
公園に面したカフェテラスでインタビューをさせてもらいました。
ベネズエラにいた頃、秘密警察に弾圧されていたそうで、
そのせいか周りに目つきの悪い人などが来ると顔色が変わりビクビクしていました。
それでもインタビューにはしっかりと答えてくれました。
日本では考えられませんが、政権の悪口を言ったりデモに参加したら逮捕される。
そしてそのまま投獄されたら、拷問や食料を与えられないことで死んでしまう。
彼は、そんな厳しい国から来たのです。

そのリチャードという若者は、
彼女らしき友人をつれてきました(彼は「ただの友達」と言っていましたが)。
リチャードは22歳、彼女は20歳だといいますが、
雰囲気としては彼女の方が年上であたかも40歳くらいの肝っ玉母さんのようで、
若いけれどもしっかりしていました。
その娘が最初にアルゼンチンへ逃げて来て必死にお金を稼ぎ、
そのお金を同じ町出身の彼に貸して、
彼もベネズエラを出国することができたとのことでした。
そして同じように今度は彼がアルゼンチンで働いてお金を作り、
ベネズエラに残っている友人にお金を貸してその友人がアルゼンチンに来るという、
そういう感じでベネズエラ人はどんどんアルゼンチンへ逃げて来ているそうです。
彼らはそんな状況下で、必死に稼いでいます。

アルゼンチンのホテルで
懸命に働くリチャードとその彼女。
悪政による国家破産で
国を捨てざるを得なかった彼らの
懸命に生きる姿に心を打たれた

(2019年アルゼンチン・ブエノスアイレスにて)

どんな人間でも「やはり、自分の祖国には戻りたい」というのが普通ですが、
リチャードに聞いたところ
「絶対に戻りたくない。あまりにもひどい状態なのでイヤだ」と言っていました。
私たちが想像できないようなひどい目にあっていたのでしょう。
食物はない、言論の自由もない、
政権に反抗すれば捕まって獄中で死も覚悟しなくてはならない、
治安はめちゃくちゃでピストル強盗は当たり前……
そんな命を脅かされるような国へは、いくら祖国とはいえ戻りたくもないのでしょう。

ベネズエラも今から30数年前は石油がたくさん出て、
「サウジ・ベネズエラ」と呼ばれるほど、
南米一豊かな国でした(石油埋蔵量はサウジアラビアをしのぎ世界一です)。
ですから、カラカスという首都の地図を買ってみて驚いたのは、
地下鉄のマークがたくさんあって、地下鉄が何本も走っているのです。
高層ビルも立ち並んで、高速道路も充実しています。
しかし、原油輸出による膨大な利益は、全国民に及ぶことはありませんでした。
貧富の格差は拡大し、汚職や腐敗は蔓延しました。
国民の不満は沸点に達し、1999年に貧困層からの圧倒的な支持を受けて
「21世紀の社会主義」を掲げるチャベス政権が誕生しました。
しかし、チャベスは徐々に立法・司法・行政を自派で占めて行き、
国内の他の政治勢力やマスメディアへの締め付けを強化。
政権に批判的な放送局を閉鎖するなど独裁化を進めます。
しかも、従来稼ぎの中心であった石油関連産業などを強制的に国有化したため、
利益無視のずさんな経営が蔓延。
優秀な技術者たちは皆海外に出てしまい、
石油掘削・精製すらままならなくなってしまいました。
追い打ちをかけるように、2014年夏以降原油価格が急落。
それが決定打となってベネズエラの経済は破綻し、
国は破産してしまったのです(インフレ率は年1000万%と言われています)。

日本経済は、ベネズエラのような資源依存経済ではありません。
経済の厚みは到底比較になりません。
しかし、実はベネズエラの経済政策と日本の経済政策とでは、
共通している点があるのです。
それは、「財政赤字を中銀マネーで穴埋めし続けている」という点です。
この点に関して、2018年9月17日付の日経電子版で、
東短リサーチ社長でチーフエコノミストである加藤出氏が
「ハイパーインフレに苦しむ国々 日本も教訓」と題する記事を寄稿しています。 
加藤氏はまず、国際通貨基金(IMF)がハイパーインフレに陥っている
ベネズエラ政府に対して行なった警告を紹介しています。
その警告とは、ベネズエラ政府が財政赤字を中央銀行のマネー供給で
ファイナンスし続けるなら、ハイパーインフレは加速していくというものです。
そしてそれに続けて、加藤氏はこのような指摘するのです。
「財政赤字を中銀マネーで穴埋めし続けているのは、わが国も同じだ」と。

しかし、ベネズエラは制御不能のハイパーインフレに陥る一方、
わが国は2%のインフレ目標すら達成できない、良く言えば安定しています。
なぜでしょうか?
それは、先にも述べましたように経済の成熟度・厚みが全く違うからです。
わが国経済においては、そんな簡単にトンデモナイ状況は生起しません。
しかし、成熟した経済社会を築いてしまったからこその、別な問題があります。
それは、少子高齢化・人口減少問題です。
先の日経記事の中で加藤氏も、
日本経済の「地力」はベネズエラとは比較にならないことを認めたうえで、
世界最大の政府債務を抱えた国が、
人類史上例を見ない最速の高齢化・人口減少に突入して
ソフトランディングできた実例など「歴史上、まだない」と、厳しい目を向けています。
そして、危機の本番は2025年以降、やってくると指摘します。
私も同様の見方をしています。

しかし、まともにこの問題を考えようとする識者や
漠然とした不安を覚える多くの国民がいるにもかかわらず、
政府はこの問題にまったく向き合おうとしていません。
政府のスタンスは「あり得ない」レベルのものなのですが、
それに関しては新刊の『恐慌と国家破産を大チャンスに変える!』(第二海援隊刊)で
詳しく説明していますので、ぜひお読みいただきたいと思います。
また、アルゼンチンでの取材の詳細は4月に出版予定の
『国家破産ベネズエラ突撃取材――1000万%のハイパーインフレ』(仮)を
お待ちいただきたいと思います。

ベネズエラの惨状から日本財政のあり方を問い直そうという指摘は、
他の識者も行なっています。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査本部研究理事の五十嵐敬喜氏は
「ベネズエラの天文学的インフレ」と題する論考の中で、
「他人事で済む話か?」とやはりわが国財政に警告を発しています。
ご参考になると思いますので、こちらも併せてお読みになるとよろしいかと思います。
https://www.murc.jp/report/rc/column/igarashi/igarashi180823/