天国と地獄
 

2017年8月10日更新

第30回 旧ユダヤ人居住区

 

いよいよツアーも終盤を迎えていますが、
ここで歴史にポーランドの名を残すことにもなった、
ナチスドイツが攻めてきた時の「ユダヤ人虐殺」という重大な話に触れておきます。

クラクフ旧市街の南東に、「カジミエーシュ地区」という地区があります。
ここに当時、ユダヤ人が住んでいた地区(ゲットー)がありました。
カジミエーシュ地区は、今ではクラクフという大きな街になっていますが、
昔は旧市街があって「ヴァヴェル城」という大きなお城があり、
ヴィスワ川を挟んで別の街でした。
当時、ポーランドの人口の10分の1くらいがユダヤ人だったそうですが、
その多くがこの地区に住んでいました。
「シンドラーのリスト」という映画にもなった、
シンドラーが多くのユダヤ人労働者をかくまったシンドラーの工場も近くにあります。

そこへ、ナチスドイツが攻めてきました。
その際、早く逃げた人は助かったらしいのですが、
大丈夫だろうと逃げなかった人は最後に捕まって、
例の「アウシュヴィッツ」(強制収容所)に収容されてしまいました。
アウシュビッツは、今はポーランド領となっているドイツ国境に近い所にあります。


 
 

今も残るゲットーの中にある
ユダヤ教会の祭壇


 

私は今回、アウシュビッツを訪れるか、とても迷いました。
しかし、日本人でアウシュビッツを訪れた人のお話の中に、
あまりにも凄まじくて落ち込んでしまい1、2週間立ち直れなかった、
という話がありましたので、少し遠いということもあり、
ツアーでは行かないことにしました。
その代わりに、クラクフのカジミエーシュ地区を訪れたのです。

ガイドのエバさんから話を聞いて、
ここにいたユダヤ人がどれほど酷い目に遭ったのかを知りました。
ここにいたユダヤ人全員が、殺されてしまったか逃げ出したそうで、
街にはユダヤ教会、シナゴーグ(ユダヤ教の会堂)が今も残っていました。
シナゴーグの中では、数人のユダヤ教徒がお祈りを捧げていました。
残されたお墓も見てきましたが、そのたたずまいに言葉を失いました。
人類の歴史の恐ろしさ、民族同士の争いの恐ろしさを実感しました。

今も、いたる所でキリスト教とイスラム教が激突していますが、
宗教戦争の恐ろしさは筆舌に尽くしがたいものがあります。
私たち人類は、歴史上経験してきたいろいろな出来事を踏まえて、
平和な国家と平和な世界を築いていかなければならないと、つくづく感じました。

 
 

クラクフの街は中世のゴミが堆積し、
一段高い地表になったという。

地下博物館は一見の価値あり。

 

このようにポーランドは、とても味わい深い国でした。
何といっても、ポーランド人がいかに善良な人々であるかがわかりました。
ただ、一口にポーランド人といっても
中年の女性には二通りのタイプがいることがわかりました。
私が見たところ、本当に天使のように優しい人と、
映画「スターウォーズ」に出ている「ジャバ・ザ・ハット」のような妖怪に近い、
男性をなめてかかるような恐ろしい女性がいました。
日本人には、後者のようなタイプはあまりいないと思いますが、
ホテルのフロントでふんぞり返って男性従業員を
顎で使っている恐い中年女性を見まして、凄いなと思いました。
そうかと思えば「ザコパネ」という山の街を訪れた時に、
ケーブルカーで上った山の中腹にある喫茶店で出会った女性は、
少しサービスが遅れただけで「あぁ、すみません、ごめんなさいね」と言って、
笑顔と共にお客を気遣う天使のように優しい人でした。
両方のタイプの女性を見て、
「同じ人間でもこれだけ差があるのだな」と感じました。
これもまた、面白い経験でした。

 
 

ザコパネの山の中腹。
自然と文化が共存する。

(ポーランド、クラクフ・ザコパネにて)

 

ポーランドへは日本から週3便、直行便が運行されています。
飛行機の機材も素晴らしいですし、
皆さんもぜひ一度、ポーランドに行ってみて頂きたいと思います。

浅井隆