天国と地獄
 

2020年2月14日更新

第120回 自然の猛威(下)

 

さて、火山に関連してもう一つだけお話ししておきたい事件があります。
それは、私にとっては非常にショッキングな出来事でした。
私が毎日新聞を辞めるちょっと前、ちょうどバブルが崩壊してすぐの頃です。
長崎県の雲仙普賢岳が噴火し、しかも溶岩ドームが崩れて火砕流が起きたのです。
それまで私は火砕流という言葉を聞いたことがなく、
怖いのは溶岩というイメージがありました。
ところが実は、火砕流が最も恐るべきものでした。
それは何故かというと、火砕流は時速300kmという猛スピードで山から流れ降りてくるため、
山のふもとにいる人間もまず到底逃げられないのです。
この時取材に行っていた、当時毎日新聞の写真部だった私の2期下のカメラマンのI君、
それから車を運転する車両課の人、
そして電波を送る電送課の3人が火砕流に飲まれて即死してしまいました。
数日後に自衛隊が特殊な車両で乗り込み、やっとのことで遺体を引き上げることができました。

その直後、雲仙普賢岳の取材に東京から私が行かされることになったのですが、
もう、怖いなんてものではありません。
さすがに新聞社も「これ以上人的被害を出せばまずい」と考え、
麓からの取材は止めてヘリコプターだけの取材をしました。
西部本社(毎日新聞では九州のことをそう呼びます。本社は福岡ではなくて小倉にあります)の
航空部というのは北九州空港に格納庫があり、そこにヘリコプターもありました。
もうかなり前のことですが、そこには“神風特攻隊”とあだ名されるKさんという人がいました。
その名の通り、危ないことが大好き、無茶が大好きな人でした。
そのKさんが取材時に私のところに来て、変なことを言うのです。
「今から溶岩ドームを撮りに行く」と。
それはまあよいのですが、Kさんは私のカメラに「24mmを付けろ」と言うのです。
24mmというのは広角レンズで、目の前に行かなければ被写体が撮れないというシロモノです。
最初、私は遠くからの撮影するため望遠レンズを用意していましたが、
「24mmを付けろ」とKさんが言うので「何を言っているのかな?」と思いました。
すると、彼は溶岩ドームの目の前までヘリで飛んで行くから、それで撮れと言うのです。
結局、100mくらいまで近づいて行ったのではないでしょうか。
なんとか写真は撮ったのですが、輻射熱で顔が焼けるくらいの猛烈な熱さです。
そのうち、下からの熱でイスが熱くなり、
さらにはヘリコプターまで溶けそうなくらい熱くなってきました。
私は思わず「Kさん、もういいから!やめて!!」と叫び懇願しました。
“神風特攻隊”のあだ名に偽りがないことを恐怖と共に思い知らされた出来事です。
翌日、読売新聞のカメラマンにこう言われました。
「昨日取材に行って、望遠で撮っていたら、望遠レンズの中にヘリコプターが
1機映ったかと思ったら、毎日新聞のヘリコプターだった! お前ら何やってんだ?」。
あの時は本当に死ぬかと思うほど怖かったわけですが、
そういう過酷な取材を何とか生き残り、
私は今、こうしてさまざまな本を書いているということです。

人生色々なことがありますが、特に新聞社のカメラマンというのは
特殊な仕事で色々なことが起きます。
私の2期下の後輩は、先述の通り普賢岳の火山取材で即死、私の同期は2人死ぬ目に遭っています。
そのうちの1人は入社してすぐに九州に行かされて、
工場の煙突を倒す取材に行っていた時のことです。
これ以上離れていれば安全だというフェンスの外にいたのですが、
失敗で、あるいは何かのはずみで倒れた煙突の破片が飛んできて、彼は両脚を失ったのです。
その後の手術で何とかくっつけることが出来ましたが、今でも足を引きずって歩いています。
また、私の半年下でほぼ同期のH君は、昔、大島が噴火した時にたまたま泊まりだったため、
羽田にすぐ行かされました。夜間にも関わらず大島にヘリコプターで行ったのですが、
噴火した火山岩がヘリコプター目がけて飛んできて、前の風防がぶち破れたのです。
運悪く、石は同乗していた整備士に当たり、彼は片目を失明してしまいました。
ただ幸いだったのは、パイロットに当たらなかったことです。
パイロットに当たっていたら全員死んでいたところでしたが、何とか緊急着陸ができたのです。
降りた場所も奇跡的に良いところでした。
海の上に落ちていたらまず命は助からないのですが、
たまたまギリギリ海岸の岩の上に降りて助かったのです。
彼はそれ以来、トラウマになってしまってヘリコプターに怖くて乗れないそうです。
ローターはボコボコで、後でヘリコプターの専門会社の人が調べたところ、
「よくこれで墜ちなかったね」と言われました。そのような取材をしてきたのです。

私も色々な事件、事故を取材してきましたが、サラリーマンがホームを歩いていて誰かにぶつかり、
電車と接触して30m(30cmではない)飛んだという忘れがたい事故がありました。
走る電車にちょっとぶつかっただけで、人はそれだけ吹き飛ぶのです。
私はその取材に行ってから、今でも東京の地下鉄や電車のホームでは、
電車が来ない時は前後を確かめてホームの端を歩きますが、
もうすぐ入線という時はどんなことがあってもどんなに急いでいても、
ましてや人が多い時はなおのこと、ホームの真ん中で動かないで止まっています。
時速80kmの電車にちょっとぶつかったら、人間は30mくらい軽々と吹き飛ばされてしまいます。
それくらいすごい衝撃なのです。運よく命が助かっても、間違いなく骨は粉々になるでしょう。
ですから皆さんも、車や電車にはくれぐれも気を付けて下さい。
ちなみに、以前カナダで隕石に当たって死んだ牛がいるらしいです。
隕石はまぁ、しょうがないですね。
私の高校3年生の時の担任の先生は、国語の先生だったのですが、ちょっとおまぬけな人でした。
千葉の柏に住んでいましたが、自宅の2階の階段から落ちて両脚を骨折し、半年間休んでいました。
怪我というのは、7~8割自宅でするものなのだそうです。
家にいる時はのんびりして、ぼぅ~としているからだと思います。
あと、よくお風呂場で滑って頭を打って大怪我というのもよくあるのです。

私がカメラマン時代に経験したことを振り返れば、自然の猛威はどうしようもなくとも、
事故は心がけ次第で防ぎようはあると思います。
私も含めて、人間は焦って急いでいる時が一番危険です。
皆さんも事故、事件に遭わないようくれぐれも気を付けて、
良い人生を送っていただきたいと思います。

新聞社時代からの習慣もあって、
今でも私は自分の取材においても
よくヘリコプターを使っている。
特に、自然と対峙する時は
ヘリコプターは有効である。
その分、危険と隣り合わせである
ことは、常に頭に置いている。
    
(2019年11月
     ニュージーランドにて)